私の中の三島由紀夫

【あらすじ】
1970年11月25日、楯の会を率い、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で森田必勝とともに自決した三島由紀夫。
当時はもちろん今もなお、三島を“神”と崇める人もいれば、“狂人”と嘲る人もいる。
しかし、日本を震撼させたあの“事件”もいまでは確実に風化しつつあるようだ。
散る花と散らぬ花とを一身に兼ね備えなければならない“文武両道”。
一方が実態であれば、他方は虚妄であらざるを得ないこの二つの世界を同時に生き抜いた一人の天才は、
死後およそ50年という時の流れの中で、かつての若き著者にどのような試練をもたらしたのか……。

著者      山本光伸
ISBN       978-4-434-23098-1 C0095
版型      四六版 上製
ページ数   194ページ 口絵2ページ

【目次】

1   私は今、とんでもない航海に出ようとしている。 8
2   すでに三島が亡くなってからのことである。 13
3   そして運命のあの日、一九七〇年十一月二十五日がやって来る。 21
4   三島の死後、私の人生は微妙に変化した。 26
5   一九六八年三月より、自衛隊富士学校の滝ヶ原分屯地で、
    楯の会の体験入隊が始まった。 39
6   ここで武士道について考えてみよう。 44
7   三島はある日の楯の会例会で、次のように発言した。 50
8   三島の密葬は事件翌日の一九七〇年十一月二十六日、
    三島邸にてしめやかに営まれた。 55
9   三島は、『「楯の会」のこと』の中で次のように書いている。 62
10   これまで述べてきたことに関連して、国土の防衛について考えてみたい。 67
11   少し角度を変えて、三島と太宰について考えてみよう。 73
12   次に、生長の家について触れておきたい。 80
13   一九七〇年十一月二十五日。快晴。 84
14   三島が優れた文芸評論家でもあることはよく知られている。 93
15   三島は、楯の会会員で最後に行動を共にした四人…… 96
16   私は、三島はあそこで死にたがっていたと書いた。 107
17   ここで、あの〝三島事件〟の主役の一人、三島と森田を
    介錯した古賀浩靖に触れておきたい。 116
18   さて、最終項である。 121

補遺  【檄】 128
    【三島由紀夫の遺書】 134
    【命令書】 136
    【辞世】 138
    【三島由紀夫 年譜】 140
七十五歳の独り言 149
お金と〝生き方〟 151 /またしても、お金の話 155 /最近気になること 158 /損得勘定のいろいろ 162 /自己責任 164 /老人 167 /良寛和尚 169 /信じること、について 171 /岩谷時子の「眠れぬ夜の長恨歌」 173 /五千万円? 176 /命名権 177 /歴史に学べ? 178 /表と裏 180 /嗚呼、伊藤整文学賞 182 /怒りの矛先 184 /売り言葉に買い言葉 186

あとがき 190
私の中の三島由紀夫

販売価格: 1,500円(税別)

(税込: 1,650円)

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